時計ブランド ハ行


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■ハ行 ブランド一覧
 バーバリー
 パテック・フィリップ
 ハミルトン
 ピアジェ
 ピエール・クンツ
 ビクトリノックス
 フェンディ
 フォッシル
 フォリフォリ
 ブライトリング
 フランクミュラー
 ブランパン
 ブルガリ
 ブレゲ
 フレデリック・コンスタント
■ハ行

バーバリー
【 BURBERRY 】

 1856年、ロンドンでトーマス・バーバリーが洋服店を開く。1888年、防水生地「ギャバジン」の特許取得、第一次世界大戦時、トレンチコートの英国軍採用などを機に一躍有名となる。1955年には、英国王室御用達となる。
1924年、あまりにも有名となった「バーバリー・チェック」がデザインされる。カントリー・タータンと呼ばれるチェック柄からアレンジされたもので、当初、コート用の裏地として生み出された。その後、その他アイテムにも採用されるようになる。

時計は、提携メーカーとのライセンスにより展開されるが、バーバリーが培ってきたクラシックかつエレガントなデザイン性を反映したものとなっている。

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パテック・フィリップ
【 PATEK PHILIPPE 】

 時計界最高峰と評され、機械式時計品質基準の中で極めて稀少価値の高い最高の認定基準ジュネーブシールを無条件で印すことを許された唯一のブランド。ゆえに時計愛好家垂涎の的となっている。

 ポーランド人アントワーヌ・ノルベール・ド・パテックは、亡命後1835年頃からジュネーブへ。その後、懐中時計の製作に携わる。1839年、ポーランド移民の時計師フランソワ・チャペックと「パテック・チャペック」を創業。1844年、パリ博覧会においてジャン・アドリアン・フィリップと出逢う。1845年、チャペックが退き「パテック」社となり、ジャン・アドリアン・フィリップが共同経営者となる。そして、1951年、最高の時計をつくるという目標を掲げ、社名を「パテック・フィリップ」とする。

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ハミルトン
【 HAMILTON 】

 鉄道時計、ミリタリーウォッチとしての高い評価を得たブランドとして知られる。また、個性的デザインの時計も数多く手掛けており、多くのハリウッド映画に登場する。

 1892年、アメリカ、ペンシルバニア州ランカスターにハミルトン・ウォッチ・カンパニーが設立される。革新的で個性的なデザインを備えた高品質な時計を生み出す伝統がここから始まる。1893年、アメリカ鉄道産業は多発する事故に対処すべく、ハミルトンに鉄道時計開発を依頼「レイルウェイ・スペシャル」は鉄道を支える正確な時計という高い評価を獲得する。1910年、アメリカ軍のためのミリタリーウォッチ製造を開始。長年にわたるミリタリー・ウォッチの製造に携わる。1940年代アメリカ政府の要請を受け、驚異的ともいえる100万個以上の軍用時計を戦時中に製造。1961年、エルビス・プレスリーが映画「ブルーハワイ」の中で「ベンチュラ」を使用。以後、ハミルトンウォッチは数多くのハリウッド映画に登場する。

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ピアジェ
【 PIAGET 】

 自社一貫生産にこだわる数少ないマニュファクチュールでありながら、宝飾性も極めて秀でる類稀なブランド。エレガントな時計を得意とする。

 1874年、ジョルジュ・エドアール・ピアジェがスイス ジュラ地域の中心であるラ・コート・オ・フェという村に時計工房として設立。ムーブメントから組み立てまで自社一貫生産できるマニュファクチュールとして、卓越した技術力を持つ。特に1950年代から60年代にかけて開発した薄型ムーブメントは、ピアジェの技術力の高さを物語るものであり、広く評価されている。

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ピエール・クンツ
【 PIERE KUNZ 】

 レトログラードを主とした機械式複雑時計の鬼才。

 時計師ピエール・クンツによる機械式複雑時計メーカー。新鋭ブランドであるが、素晴らしい経歴を持つ。
1959年、スイス ベルンに時計師の息子として誕生し、その後、ヴァレ・ド・ジューの時計学校で時計製作を学ぶ。卒業後、 老舗メーカーにおいて、複雑時計の開発から制作までを担当する。時を経て、フランク・ミュラーで専属の技術者となる。その後も時計師としての才能を開花させていくと、自らのブランドを立ち上げることを勧められ、「PIERRE KUNZ」が誕生することとなる。

世に送り出されるピエール・クンツの時計はレトログラード機構を備える。 レトログラード機構は設計製作上、難易度の高い機構とされるが、ピエール・クンツは、通常、機械を基準に文字盤のデザインをするところ、デザインを起こしてから機械設計という離れ業をしてのける。 レトログラードの第一人者と呼ばれる所以である。

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ビクトリノックス
【 VICTORINOX 】

 マルチツールで培われた、品質、耐久性を反映した高品質リストウォッチ

 1884年、帽子職人の息子カール・エルズナーが、スイス シュビッツ州イーバッハに刃物工場を創業。1891年、後に世界的な名声を受ける基礎となる「ソルジャーナイフ」をスイス陸軍に納入。その後、2枚の背バネに6つのパーツからなる「オフィサーナイフ」を発明、1897年に特許登録する。これを機に、ポケットマルチツールの代表的存在としての地位を確立し、世界の多くの国々で愛用されている。
 時計は、1989年から。アメリカで展開され、「スイスアーミー」として多くのファンを獲得する。

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フェンディ
【 FENDI 】

 1925年、エドアルドとアデーレ・フェンディ夫妻が、ローマのプレヴィシート通りに皮革店開業。毛皮のコートを売り出し、成功を手にする。その後、創始者の五人姉妹パオラに続きアンナ、フランカ、カルラ、アルダも仕事を始める。1965年、カール・ラガーフェルドを主任デザイナーとして迎え入れる。職人技と革新的なアイデアとの融合により、他の毛皮メーカーの追随を許さないブランドへと成長をする。

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フォッシル
【 FOSSIL 】

 他ブランドとはひと味違う、独創性溢れる時計ならびにパッケージデザインでコレクターを魅了するブランド。

 1984年、アメリカ テキサス州ダラスに設立。ブランド名に「スマイル・アンド・ファン」、「ファッション」、「ユーモア」というコンセプトをこめる。当初、アメリカの50年代のイメージをコンセプトにリーズナブルな価格でユーザーを魅了。瞬く間に販売数を伸ばす。その後、アメリカ大手デパートのファッションウォッチ販売実績トップの地位を確立する。
 フォッシルの製品は、「メイド・イン・オール・オブ・ザ・ワールド」であることが特徴で、時計各部部品、組み立てにおいて、世界中から最適の素材を集め、最適の場所で組み上げている。また、こだわりはパッケージにまで及び、パッケージも商品の一部ととらえ、ユニークなものを作っている。
現在、自社ブランドのみならず、ファッションブランドなどのライセンス生産も行い、時計業界において快進撃を続ける。

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フォリフォリ
【 Folli Follie 】

 1982年、ギリシャでディミトリオス・クーチョリューチョスにより創業。現在、ジュエリーを核とし、時計、バッグなどトータルブランドとして展開する。可愛らしさ、エレガントさを兼ね備えるプロダクトデザインはオーナー婦人であるケティ・クーチョリューチョス指揮のもと、デザインチームにより創り出され、世界中で支持されている。

フォリフォリが創り出す時計は、アクセサリー同様、ジルコニアを散りばめたパヴェ・ウォッチが多く、愛らしさと華やかさを兼ね備えたファッションウォッチとなっている。

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ブライトリング
【 BREITLING 】

 クロノグラフを主に展開し続け、空の男たちを魅了し、航空時計としても名高いブランド。

 1884年、レオン・ブライトリングがスイス・ジュラ地方のサン・ティミエに時計工房を設立。時計メーカーが乱立する中で、ストップウォッチやクロノグラフを創り出すことに道を見出す。工房設立まもなく、「G・レオン・ブライトリング」社と名づけた小さな時計工場を作る。順調に成長を続けるG・レオン・ブライトリング社にとってサン・ティミエの工場は手狭となり、1892年、事業拡大に伴い工場を時計産業の中心地ラ・ショード・フォンのモンブリラン通りに移す。社名も「レオン・G・ブライトリングSAモンブリラン・ウォッチ・カンパニー」と改める。1914年、レオン・ブライトリングは54歳にしてこの世を去り、息子のガストン・ブライトリングが後継者となる。ガストンは、近代的経営で会社を発展させつつ、クロノグラフ開発に力を注いでいく。そして、1915年、30分積算計がつき、2時位置のプッシュボタンでストップ、ゼロ戻しの操作を行う、腕時計クロノグラフを完成させる。1927年、ガストンがこの世を去る。1932年、ブライトリングの経営は、ガストンの息子ウィリーに継がれ、社名を「G・レオン・ブライトリング」とする。1934年、リセット専用の第2プッシュボタンを開発。今日のクロノグラフの原型が完成する。1939年、イギリス空軍にコックピットクロックを納入。1942年、回転計算尺付クロノグラフ「クロノマット」が誕生。1952年には、航空用回転計算尺付クロノグラフ「ナビタイマー」を発表。1958年にはスーパーオーシャンシリーズを発表。1962年、アメリカ、スコット・カーペンター海軍少佐が、「コスモノート」を腕にオーロラ7号でマーキュリー計画4回目の宇宙有人飛行を行う。1972年、多種にわたるクロノグラフを送り出し、種類は最多数を誇るが、その当時のクオーツショックの影響はあまりにも大きく、ブライトリングも免れることはできなかった。1975年には,クロノマットにクオーツを採用、翌年にはデジタル表示付のクオーツ・ナビタイマーを発表する。また、ツール・ド・フランスをはじめ、自転車競技の公式時計として採用されるが、これらの努力も報いることなく、1979年会社閉鎖が決定される。ほどなく、ウィリー・ブライトリングはこの世を去る。だが、ブライトリングの名は消えることはなかった。ウィリーは、会社閉鎖以前、ブライトリングを譲るべく、アーネスト・シュナイダーと契約を交わしていた。アーネストシュナイダーは、すぐにグレンヘンに工場を作り、生産を開始。そして、1982年、グレンヘンに現在の「ブライトリング・モントレSA」を創設し、復活させ、現在に至る。

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フランクミュラー
【 FRANCK MULLER 】

 時計コレクター間で「18世紀の天才時計師ブレゲの再来」とまで言われ、天才の名をほしいままにする時計師。

 1958年、時計製造の聖地とも言えるスイス・ラ・ショー・ド・フォンに生まれる。ジュネーブの時計学校を学校創立以来最も優秀な成績で卒業する。在学中、3年過程で習得する技術をわずか1年で習得。また、卒業制作においては、通常の時計に永久カレンダーを組み込むという離れ業を成すなどの逸話を持つ。卒業後は、アンティーク時計などの修復に携わり、時計コレクター、オークションハウスから絶大な信頼を得るとともに世界的名声を手にする。彼は、有名ブランドに属することなく、1986年にはジェントを本拠地とし、自身の時計を創作する。その才能は、瞬く間に時計コレクターに知れ渡り、注文が殺到。作品は全工程手作業で行われた。1986年以降、世界初となる全く新しい機構を持つ複雑時計を続々と創作、「20世紀の天才時計師」、「複雑時計の巨匠」等と賞賛される。1995年、1905年に建造された城館に会社を移す。

フランク・ミュラーの作品の魅力は、類稀なる天才的才能が生み出す革新的かつ複雑な機構をもつムーブメントに留まらず、アートと呼ぶにふさわしい芸術的時計デザインにも及ぶ。当然のことながら、世界中を瞬く間に魅了。時計愛好家はもとより、著名人、果ては世界中の女性にもその魅力は浸透し、虜にしている。

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ブランパン
【 Blancpain 】

 創始者の意志とスイスの伝統技術を今に受け継ぐ、世界最古の時計ブランド。

 1735年、時計職人ジャン・ジャック・ブランパンによってスイス ルブラッシュに設立された、現存する世界最古の時計ブランド。
 創立から二百数十年もの間、スイス伝統の技術を継承してきたが、1960年代後半からのクオーツショックなどにより一旦幕を閉じることとなる。
そして、1983年、オメガ社の専務取締役であったビバー氏により、その名は復活を遂げる。復活後もスイスの伝統的技術と時計製作に対する姿勢は受け継がれており、確固たる信念のもとに、こだわりの機械式時計を作り続ける。創業から現在に至るまでクオーツ時計を作ることはなく、今後もクオーツとは無縁と言い切る。

1956年には世界最小の時計「レディバード」を、1984年には、曜日、月、日付を備えた世界最小のムーブメントを搭載したムーンフェイズを、1988年には、世界最小のミニッツリピーターを、1989年には、世界最薄のクロノグラフと、史上初の自動巻スプリットセコンド・クロノグラフを、1990年には、世界初のデイト付き、8日間パワーリザーブのトゥールビヨンを発表する。
そして、1991年、ブランパンは時計製作における6大傑作といわれる6つのマスターピースを、それぞれ同サイズのラウンドケースに収め、6種類の時計を完成させる。6大傑作を独自に揃え持つことは偉業であり、他の追随を許さないものであるが、さらにそれらマスターピースをひとつの時計に収めた超複雑時計「1735」を作り上げ、卓越した技術力を見せつける。

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ブルガリ
【 BVLGARI 】

 イタリアンジュエラー最高峰ブランド。

 1857年、ギリシャでブルガリ創始者ソティリオ・ブルガリが生まれる。ブルガリ家は、古くより銀細工師の家系で、ソルティオもまた銀細工師の道を歩む。1879年、22歳の時、イタリアに移りトリニタ・ディモンティで銀細工の商いを始める。そして、1884年、ローマ システィーナ通りに最初の店を開き、ブルガリ創業。1905年には、コンドッティ通りに店舗を移転。これが現在のブルガリ本店である。

 ブルガリ時計の歴史は1940年代からだが、時計ブランドとしてのブルガリのデビューは1977年。ブルガリを代表する世界的名品であり、今なお世界中で人気を集める「ブルガリ・ブルガリ」でデビューを果たす。1980年代初めには、スイスに100%ブルガリ出資の「ブルガリ・タイム」社が設立され、ここで時計すべての企画・製造が行われるようになる。1994年には、自動巻きムーブメントの「スポーツウォッチ」と「スクーバ」、そして、ブルガリ初の「グラン・コンプリカシオン」を発表。1995年「スクーバ・クロノ」、1997年「ソロテンポ」、1998年「アルミニウム」、2000年「レッタンゴロ」など、デザイン的、技術的意欲作を投入し、時計ブランドとしての地位を確立する。スポーティー、カジュアルなデザインながら、イタンリアンジュエラー「ブルガリ」らしいエレガントさを兼ね備える時計群は、世界中の人々を魅了し続けている。

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ブレゲ
【 BREGUET 】

 機械式時計の歴史の中で、燦然と輝くその名・・「アブラアン・ルイ・ブレゲ」。「時計の進化を200年早めた男」など、長きに渡る時計の歴史の中の数ある時計師の中でも至上の賛辞を送られる天才時計師。彼なくして、現代の機械式時計はありえないと言っても過言ではない。現在においても彼の発明した機械式時計の機構が基本となっている。

 1747年、スイス ジュウ渓谷ヌーシャテルにアブラアン・ルイ・ブレゲは生まれる。だが、ブレゲの一生はその多くをフランス送ることとなる。
15歳の時、時計師であった養父の紹介でフランスのベルサイユに修行に出る。そして 1775年、パリのシテ島に時計店を開く。国王ルイ16世の宮廷に出入りを許されるようになると、各国の宮廷、上流階級の顧客を得る。開店から5年、1780年にはペルレの自動巻き機構を改良した懐中時計「ペルペチュアル」が好評となり、王侯貴族からの注文が殺到。フランス王妃マリー・アントワネットは、当時の時計において最も複雑な時計の製作を依頼。だが、完成は先の話となる・・。
 1789年、フランス革命により王侯貴族の時代が終わり、ブルジョワ市民階級の時代が訪れると、市民からの弾圧を避けるべく、故郷スイスに戻ることとなる。スイスでは、新機構開発に情熱を注ぐ。フランスの状況が好転するとパリに戻り、次々にアイデアを具現化していく。「トゥールビヨン」、「永久カレンダー」、「スプリットセコンド・クロノグラフ」など複雑時計を発表していく。また、「衝撃吸収装置」、「ブレゲひげゼンマイ」「ギョーシェ文字盤」、「ブレゲ針」、「ブレゲ数字」など、次々に開発していく。ブレゲが開発した時計の中でも、同席者に気づかれず時刻がわかる時計「モントル・ア・タクト」は、ブルジョワ階級で人気を博す。当時の顧客名簿には、フランス王家、ナポレオン・ボナパルト、ジョージ・ワシントンや各国の王侯貴族が名を連ねた。
 1802年、マリー・アントワネットが、かつて注文した超複雑時計「No.160 マリー・アントワネット」が完成。マリー・アントワネットが処刑(1973年)されてから、約20年後のことである。
 1815年、2個のゼンマイを用いたトルク減衰のないマリンクロノメーターを開発、フランスの王立海軍時計師に認定される。
 1823年、ブレゲ死去。ブレゲが培ってきた技術は弟子達に受け継がれていく。1870年、経営権がブラウン家へと移る。1970年代のクオーツショックにより経営に影響を受けるが、ショーメに経営権を移し、その後復興を果たす。現在は、スウォッチ・グループに籍を置く。

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フレデリック・コンスタント
【 FREDERIQUE CONSTANT 】

 機械式時計をリーズナブルに展開。機械式時計のバランスホイールが文字盤に開けられた窓から覗く「ハートビート」は、多くの時計愛好家からも人気を博す。

 18世紀当初から時計製造業界の中心地としてその名を広め、時計製造方法の最高峰として君臨する、名誉ある伝統を今も引き継ぐジュネーブに、フレデリック・コンスタントは創立される。
 1904年、スイス・ジュネーブの文字盤職人であったコンスタント・スタースとフレデリック・シュレイナーによりクロックの文字盤工房を始める。
1988年、コンスタント・スタースの四代目ピーター・スタースにより時計メーカーとして設立。
1994年、文字盤に小窓を開け、機械式時計のバランスホイールをビジュアライズさせたモデル「ハートビート」を発表。
2000年、スイス・ジュネーヴ郊外のシェンボムにアトリエとオフィスを 設ける。
フレデリック・コンスタントは、デザインの立ち上げから最終組立作業まで、一貫して行われる。

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