| ■ラ行 |
ラコ
【 Laco 】
1920年代、ドイツ プフォールツハイムでフリーダ・ラッハーとルートヴィヒ・フンメルにより創業。1936年、フリーダ・ラッハーの息子であるエーリヒ・ラッハーによってエーリッヒ・ラッハー社設立。
1940年代、ランゲ&ゾーネ、ストワー、ウエンプ、IWCと共にドイツ空軍に航空時計を納品する実績を持つ。
現在、「ラコ」ブランドを展開。バーゼルフェアにおいても高評価得ている。
1941年にドイツ空軍の為に製造された復刻モデル(Series1、バルジュー7750クロノグラフムーブメント搭載、スケルトンバック)など、時計愛好家にも好まれるアイテムを展開。
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ラドー
【 RADO 】
素材的独創性、いつまでも輝きを失わない時計を送り出すブランド。
1917年、スイス レングナウで、フィリッツ、アーンスト、ワーナーのシュラップ兄弟により、自宅を時計工房としたシュラップ・アンド・カンパニーを設立。自社ムーブメントの製造を手掛ける。
1947年、事業拡大の為、経済学者ポール・ルーテを会社に招く。博士の考えに従い、アメリカ市場での安定的販売をすべく、北米への輸出拡大をはかる。日本、ドイツなどの競合から、1950年代、顧客向けにプライベートレーベルの生産を請け負う。この事業で培ったノウハウから1956年、「イグザクト」ブランドを展開するが、即、廃止となる。翌年1957年、「ラドー」ブランドが誕生。南米、東アジアを中心に販売規模を拡大していく。そして、1962年、世界的ヒットとなる「ダイヤ・スター」を発売。
現在、新素材を投入しつつ、デザインのみならず、素材的独創性を追及する。
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高い技術力と伝統を誇るドイツ時計産業をリードするブランド。
1845年、ドレスデン郊外にあるドイツ時計産業の中心地グラスヒュッテで、時計師フェルディナンド・アドルフ・ランゲが弟子達と共に創業。ところが、第二次世界大戦で、ドレスデン一帯は壊滅的状態となる。事業を再開するものの戦後のドイツ分断により、国家に接収され、1951年には、国営企業グループに吸収される。ランゲ・アンド・ゾーネブランドのみならず、グラスヒュッテ時計産業は休眠状態となる。1990年、東西ドイツ統合により、新生ランゲ・アンド・ゾーネとして、グラスヒュッテの地に工房設立。1994年、オフセンターダイヤルという独創的デザインを持つ「ランゲ1」発表により、ドイツ時計作りの伝統と高い技術力と共にランゲ・アンド・ゾーネは、復活を果たし、世界中の時計専門家、愛好家から支持される。
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ルイ・ヴィトン
【 LOUIS VUITTON 】
世界中の人々を魅了してやまぬブランド界の巨星。
1821年、スイスとの国境近いジュラ山脈アンシェイ村に生まれた創業者ルイ・ヴィトンは、1835年、400kmというパリへの旅に出る。働きながら旅を続け、1837年、パリに辿り着くと、カプシーヌ通りの荷造り用木箱製造兼荷造り職人の見習いとなる。そして、1854年、カプシーヌ通り4番地に世界初となる、旅行鞄専門店「ルイ・ヴィトン」を設立し独立。積み上げが容易な平らな蓋をもつトランクを考案。防水加工を施した革より軽いコットン素材「グリ・トリアノン・キャンバス」を使用したトランクは、王族、貴族や旅行者からも人気となる。1867年には、パリ万国博覧会において、銅メダルを受賞する。
1880年、2代目ジョルジュが継承。当時、模倣品の氾濫に悩まされていたジョルジュは、その対策として、日本の市松模様をヒントとした模様に登録商標「ルイ・ヴィトン」を配した「ダミエ・キャンバス」を発表。
1896年には、ルイ・ヴィトンのイニシャルである「L」、「V」を組み合わせたロゴと花、星をモチーフとした模様を全面に配した「モノグラム・キャンバス」を発表。これは、日本の家紋に影響を受け生まれたものといわれている。
1987年、ルイ・ヴィトン社とモエ・ヘネシー社との合併が実現し、LVMH(ルイヴィトン・モエヘネシー)グループが誕生。現在では、ゼニス、タグホイヤー、エベル、クリスチャン・ディオールなど著名ブランドを傘下とする巨大グループとなっている。時計ブランドを傘下とするLVMHは、2002年、ついに「ルイ・ヴィトン」ブランド初の時計「タンブール」ウォッチコレクションを発表する。
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ロジェ・デュブイ
【 ROGER DUBIUS 】
全てがコレクターピースで限定生産。全機械式ムーブメントに「ジュネーブシールを刻印するマニュファクチュール
1980年から工房を開き、古い時計の修理や顧客、時計会社の為に、複雑時計の機構開発、製作業務を行っていたロジェ・デュブイは、1995年、経営などにおけるパートナーであるカルロス・ディアスと共に自らの名を冠した「マニュファクチュール・ロジェ・デュブイ SA」を設立。高級時計を自社一貫生産するマニュファクチュールとして展開。「伝統に立脚した芸術的な時計製作」を理念とし、ジュネーブに伝わる伝統的製作技法に則って時計を製作、ジュネーブ州認定の「ジュネーブ・シール」を、全ての機械式ムーブメントに刻印している。そして、一部の時計には、スイス国境に程近いフランス、ブザンソンにある国立天文台が発行した精度証明証が付属する。
時計愛好家が好むデザイン、機構を持つ、ロジェ・デュブイの時計は、全てがコレクターズピースで限定生産される。
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現在の機械式時計の3大基礎を築き上げた、認知度、人気ともにトップクラスを誇るブランド。
1905年、イギリス ロンドンでハンス・ウィルスドルフが、時計販売会社「ウィルスドルフ&デイビス」社を創業。
1908年、ヨーロッパの言語で同じ発音になる、商標「ROLEX」を考案。ブランド名とする。
1910年、腕時計として初のクロノメーター公式証明書獲得。また、1914年には、
イギリスのキュー天文台で腕時計として初のA級証明書を獲得。通常、マリンクロノメーターに与えられるものであり、これにより、精度的信頼性を一気に高めた。
1926年、素材の塊からくりぬいて製造される初の防水ケースを開発。「オイスター」と名付け、特許を取得する。この革新的製法のケースは、1927年のメルセデス・グライツ嬢によるドーバー海峡横断の際、オイスターを着用したまま泳ぎ、正確な時を刻み続けたことでその優秀さを証明する。1931年には、巻き上げ効率の高い、、360度回転自動巻機構「パーペチュアルローター」を開発。これにより、高精度ムーブメント、防水機能、自動巻きという3大機構ともいえる現在の機械式腕時計の基礎をほぼ完成させた。
1945年、文字盤の窓に自動的に日付を表示する世界初の機構を持つ「オイスターパーペチュアルデイトジャスト」、1953年、100m防水のダイビングウォッチ「オイスター・プロフェッショナル・サブマリーナ」と冒険家の為の「オイスター・パーペチュアル・エクスプローラー」、1955年、異なる2カ国の時間を同時に示す「オイスターパーペチュアルGMTマスター」、1956年、日付と省略のない曜日を示す「オイスター・パーペチュアル・デイデイト」と現代に至るまで名機を発表しつづける。
現在、時計ブランドの中でも、認知度、人気の最も高いブランドとなっている。
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ロンジン
【 LONGINES 】
冒険、オリンピック、モータースポーツをサポートしてきたスイスの名門。
1832年、スイス ジュラ地方のサンティミエでオーギュスト・アガシがフローリアン・モデル、ヘンリ・レイゲルらと時計組み立て会社「レギュール・ジュンヌ&アガシ商会」を設立。1862年、オーギュスト・アガシの甥アーネスト・フランシロンが経営に参加、新会社を設立。1867年、アーネストはサンティミエの「Les
Longines」に一貫生産のできる近代的な工場を建設し、職人が各々の工房で別々に作業するのではなく、ここに職人を集め作業させた。これにより安定生産と、高品質が実現。社名を「ロンジン」に改称する。
1889年、過去と現在の時間を表す「砂時計」と、未来の時間を表現している「翼」から構成されたロンジン社のマークが商標登録される。
1927年、リンドバーグが大西洋無着陸横断飛行を成し遂げた際、ロンジンの時計がサポート、1896年、第一回近代オリンピックの公式時計として採用、1933年、後のF1レースであるブラジルグランプリの公式時計担当、1971年、アムンゼンの南極探検サポートなど、その高い技術力は各方面で評価されている。
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